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大阪高等裁判所 昭和53年(ネ)1315号 判決

控訴人 国

代理人 大堅敢 大下勝弘

被控訴人 長谷川幸雄

主文

原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は主文と同旨の判決を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次に訂正・付加する外、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

一  原判決三枚目裏二行目に「前記3」とあるを「前記2」と訂正する。

二  <証拠略>

三  <証拠略>

理由

本訴は、被控訴人が検察官の違法行為によつて精神上の損害を蒙つたとして、国家賠償法第一条第一項に基づき控訴人に損害賠償を求めるものであるところ、右条項の適用を受けるべき公務員の違法行為は、不法行為、すなわち他人の私権もしくは法的に保護されるべき私的利益の侵害行為をいうものであつて、公務員の職務の執行に何らかの法規違反があれば直ちに右の違法行為に当るという性質のものではないと解するのが相当である。

本件において被控訴人が検察官の違法行為として主張するところは、検察官が、被控訴人の告訴した事件について不起訴処分をしながら、刑事訴訟法第二六〇条の規定に違背して、告訴人である被控訴人にその旨の通知をするのを著しく遅延させた点であるが、同条が告訴等のあつた事件について不起訴処分をしたときは、速やかにその旨を告訴人等に通知しなければならないものとしているのは、付審判請求や検察審査会に対する審査請求の前提となる同法第二六一条所定の不起訴理由告知請求の機会を告訴人等に与え、究極的には検察官の恣意的な不起訴処分を抑制することを主たる目的とするものであつて、告訴人等の私的権利ないし利益の保護を目的とするものでないことは明らかであり、また検察官の告訴人等に対する通知義務も専ら公法上のものであるから、仮にこれに違背することがあつても、ことさらに告訴人等の人格を無視し名誉を傷つける意図をもつて通知しなかつた等特段の事情のない限り、それが告訴人等の私的権利ないし利益に対する違法な侵害行為として不法行為を構成する余地はないものというべきである。

これを本件についてみると、被控訴人が昭和四二年七月四日大阪府羽曳野警察署警察官国永昭人を特別公務員暴行陵虐罪で大阪地方検察庁堺支部に告訴したこと、被控訴人が昭和四四年四月二六日、同年七月一二日及び昭和四八年二月七日の三回に亘つて右告訴事件の処理に関する各請求書面を同支部に送付したこと、然るに同支部検察官は昭和四八年二月一二日に至つて漸く右事件が昭和四三年一一月一五日に不起訴処分になつていることを被控訴人に通知したこと、並びに、被控訴人は昭和四八年二月二〇日大阪地方裁判所堺支部に付審判の請求をしたが、前記事件については既に五年の公訴時効が完成していること等の理由により請求を棄却されたことは当事者間に争いがなく、右各請求書面はその送付の時期及び内容からみて刑事訴訟法第二六〇条所定の処分結果の通知を求めるものであることが明らかであり、検察官が右通知を遅延させたことは同条に違背するものというべきであるけれども、本件におけるすべての証拠資料を精査しても、検察官がことさらに被控訴人の人格を無視しあるいはその名誉を侵害する意図の下に右通知を遅滞したこと等の特段の事情は全くこれを認めることができない。

従つて、前記検察官の手続違背が被控訴人に対する不法行為を構成するものとはいえないから、被控訴人の本訴請求は、その余の点について判断を加えるまでもなく、すべて失当として棄却すべきものである。

よつて、原判決中これと結論を異にしてその請求の一部を認容した部分を取消して右部分につき被控訴人の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 本井巽 中川臣朗 野村利夫)

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